顔面神経麻痺



 顔面神経は、顔の筋肉(表情筋)を動かす神経です。感覚の神経ではありません。顔面神経は脳から出た後は聴神経と一緒に内耳道に入り、途中で聴神経と分かれて耳の後ろで表面に出ます。それから耳下腺の中を通り抜けて顔面に拡がります。そのため、内耳・中耳・耳下腺の病気でも顔面神経麻痺が起こることがあります(これを末梢性顔面神経麻痺といいます)。勿論脳の病気で顔が麻痺する事もあります(中枢性顔面神経麻痺といいます)。中枢性なのか末梢性なのか、麻痺の具合を見ればわかります。よく顔面神経麻痺の事を顔面神経痛と言われる方がおられますが、顔面神経麻痺は顔は痛くありませんので間違いです。顔面神経は運動神経で痛みを伝える神経ではありません。ただ、水疱瘡のウイルス(水痘帯状疱疹ウイルス)による麻痺の場合は耳(耳介)や口の中に帯状疱疹を伴うことがあり、それが痛い事はあります。

【原因】顔面神経が走行するいずれの部位での障害でも顔面神経麻痺が起こります。慢性中耳炎、側頭部の外傷、耳下腺腫瘍などに顔面神経麻痺が伴うことがあります。また、水痘帯状疱疹ウイルスが原因となり、耳介や耳の穴に水疱を伴い顔面神経麻痺となる場合があります(ハント症候群)。しかし、多くの末梢性顔面神経麻痺の原因は不明であり、このような場合は「ベル麻痺」と呼ばれています。原因不明と言ってもウイルス感染が疑われる場合がしばしばあります。

【症状】顔面神経麻痺が起こると、顔の筋肉が麻痺して顔が曲がった状態になります。眼を閉じることが困難になったり、水を飲むと口から漏れたりします。また、顔面神経には味覚を伝える神経、涙や唾液を分泌させる神経、大きな音から内耳を守るため鼓膜を緊張させる反射を起こす神経も含まれています。そのため、顔の麻痺とともに、味覚の障害、涙の分泌低下、音が響くなどの症状を伴うことがあります。また、前述のように水ぼうそうのウイルスによる麻痺の場合は耳や口の中に帯状疱疹を伴うことがあり、痛みを伴うこともあります。ハント症候群では耳鳴り・難聴・めまいを伴うことがあります。

【いつ頃・どの程度治るのか】
 麻痺の程度によって、また原因・治療によって予後は大きく異なります。ここで述べるのはウイルスが原因あるいは原因不明の顔面神経麻痺の大まかな目安です。
麻痺の程度
 麻痺が発症してから1週間程度は症状が進行することがありますので、麻痺の程度は1週間以上経たないと判定できません。原則として麻痺が重症なほど治るまで時間がかかり、治り方も不十分です。後遺症も重症なほど多くなりますが、リハビリである程度は予防できます。
重症の場合 動きが正常の25%以下の状態ですが、外見的にもかなり麻痺が目立つ状態です。この場合は2〜3カ月でよくなることもあれば、ある程度回復して症状が固定するまで6カ月前後かかることもあります。例外もありますが、けいれんなどの後遺症のない患者さんの大部分は安静にしていればそんなに目立たない程度ぐらいまでには回復します。
軽度〜中等度の場合 顔の動きが正常の半分以上の場合が軽度(安静にしていればあまり目立たない)、25%〜50%程度の場合が中等度になります。軽度の場合は1〜2カ月以内、中等度の場合は2〜3カ月程度で治ることが多く、後遺症の可能性もあまりありません。

【検査】
 まず、顔面神経の走行のどこに障害があるかを調べます。
聴力検査、耳小骨筋反射、涙液分泌検査、味覚検査、レントゲン検査、脳神経検査を行います。場合によっては、MRI検査を行います。原因を調べるため、血清検査によりウイルス感染を調べます。また、顔の動きを観察し麻痺の程度を点数化し、麻痺改善の経過をみます。

【治療】
顔面神経麻痺の原因が明らかな場合は、その病気の治療を行います。
原因不明の場合(ベル麻痺)
薬物療法が中心となります。神経の浮腫による側頭骨内での圧迫を解除することを目的としてステロイド剤を投与することがアメリカ神経学会の治療ガイドラインにより勧められています。単純ヘルペスウイルス1型が発症に関与していることが疑われており、抗ウイルス剤を投与することも試みられています。麻痺が高度な(全く動かない)場合、完全治癒率は80〜90%程度であり、6〜12か月経過しても麻痺が残ったり、まぶたと口が一緒に動く病的共同運動、痙攣(けいれん)やひきつれなどの後遺症を残すこともあります。
ハント症候群 
抗ウイルス剤、ステロイド剤を点滴注射または内服します。抗ウイルス剤は発症早期にのみ効果がありますので、できるだけ早め(1週間以内)に治療を開始することが大切です。麻痺が軽度であれば1〜2か月で完全に治ります。麻痺が高度な(全く動かない)場合、完全治癒率は50〜60%程度とベル麻痺に比べて不良であり、6〜12か月経過しても麻痺が残存し、まぶたと口が一緒に動く病的共同運動、痙攣やひきつれなどの後遺症を残すことも多くみられます。めまいは1〜2週間で改善しますが、聴力の障害は完治しないこともあります。治療を始めてすぐに回復することもありますが、多くの場合では発症1カ月を過ぎた時期から改善しはじめます。一度障害された神経が障害された部位から徐々に再生してくるためです。よくならないからといって薬を中止したりすることは、その後の神経の再生のためにはよくありません。また、眼が閉じないためや涙液分泌障害のため、角膜が乾燥し角膜炎を起こすことがあります。点眼液を使用したり、睡眠時に眼を保護するようにテープや眼軟膏を使用します。
その他
 麻酔科で行う星状神経節ブロックが神経の回復に有効の場合もあります。ブロックは毎日行います。いろんな治療で麻痺の改善がない場合、顔面神経管開放術などの手術療法を行うことがあります。

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